3-51『雪姫(ゆきひめ)』
―岩手県―
昔、あるところに東長者(ひがしちょうじゃ)と西長者(にしちょうじゃ)とがあった。
東長者には使用人が三百六十五人もいた。
西風の強い日があれば使用人は田や畑(はた)に出ることが出来ん。貪欲な東長者はみんなが一日(いちにち)休めば、一人がまるまる一年間休んだのと同じだ言うて、誰彼(だれかれ)見境(みさかい)なく当り散らし、天(てん)をも罵(ののし)っていたと。
ある年のこと。この東長者の屋敷から火が出て、屋敷も倉も何もかも焼けてしまった。東長者も焼け死んだと。
使用人も村人たちも遠巻きに見るだけで、誰も助け出そうとしなかった。東長者の奥方は髪をかきむしって怒(いか)り狂(くる)った。
嘆(なげ)き、恨(うら)み、罵(ののし)っているうちに、眼(め)が赤く据(す)わってきて、口(くち)は耳(みみ)の付根(つけね)まで引裂(ひきさ)け、額(ひたい)には二本の角(つの)が生(は)えて、ついにはおっそろしげな蛇の姿になったと。
そして、アレアレと言うて立(た)ち騒(さわ)ぐ人を、一人喰(く)わえ、二人喰わえして、大池(おおいけ)にザンブと潜(もぐ)って消えたと。
使用人も村人達も、蛇体(じゃたい)となった東長者の奥方を恐れて、屋敷跡と大池には誰も近づかなくなった。
そしたらある夜(よる)、大池の蛇体の声を、村中の者が聴いた。
「一年に一人ずつ 娘を喰わせろー
そむいたら ここいらじゅう
泥(どろ)の海にしてしまうぞう」
それからというもの、その村では一年に一人ずつ、娘を大池の蛇体に供(そな)えてきたと。クジ引きで決めていたと。
何年か経って、西長者がクジを引き当てた。
西長者には美しい一人娘があって、目に入れても痛くない程可愛がっておった。
大池の蛇体といっても、元(もと)は東長者の奥方のなれのはて。強欲(ごうよく)の、身から出た錆ではないか。そんな変化(へんげ)に可愛いい一人娘を生贄(いけにえ)になんぞしてたまるか。かといって村中(むらじゅう)泥(どろ)の海(うみ)にされるわけにもいかない。
西長者は、金に糸目(いとめ)はつけないと言うて、娘の身替わりをさがすことにしたと。
使者(つかい)を他村(たそん)の方々(ほうぼう)へ出した。が、見つかるものではない。
そのうち、一人の使者が、山の中を歩いていて日が暮れかかった。
困ったなあ、と思いながらなをも歩いていると、谷の向こうにペカーっと灯(あかり)が点(とも)った。
ようやくたどり着いて、家に入れてもらったと。
その家には母と娘が二人っきりで住んでいた。
使者がよく見ると、娘の美しいこと美しいこと。世に類(たぐ)いないほどであったと。娘の名前は雪姫(ゆきひめ)というた。
使者は、この娘なら主人の愛娘(まなむすめ)の身代りにふさわしいと思い、母と雪姫に己(おのれ)の役目(やくめ)を打ちあけたと。
「俺はそういう人買いだ。この娘御(むすめご)を売ってくれぬか。代価(だいか)は黄金(おうごん)を山に積もう」
雪姫は西長者の事情と使者の役目を聴いて
「はい、私でよければ身替わりになりましょう」
と言うた。母は血相を変えて、
「なにを言います。とんでもない」
というた。雪姫は、
「しばらくの間の別れだから、決して心配しないで。私は用が済んだらすぐ帰って来ますから」
というて、次の朝、使者と一緒に家を出たと。
西長者は雪姫を見るなり、お前さまのおかげで一人娘の命が助かる、と言うて、ありがたがったと。
着いた次の朝、村人たちに見送られた雪姫は西長者と連れだって大池のほとりに立った。
蛇体は雪姫の影が見ずに映(さ)すのを見て、鎌首(かまくび)を持ち上げるように水の上に姿を現わした。まっ赤(か)な眼(め)で雪姫を値踏(ねぶ)みするようににらみ、耳の付根まで引裂けた口をカッと開らいて、今にもひと呑(の)みにしようとした。
そのとき、雪姫は掌(て)を前に延(の)べて、
「これ、変化の者、しばらくお待ちなさい」
と言うて、何やらお経のような文句を誦(よ)んだ。
すると、恐ろしげな蛇体のまっ赤な眼から涙がこぼれた。額に生えた二本の角(つの)がポロリポロリと抜け落ち、引裂けた口が元に縮まってきて、鱗(うろこ)も消えた。蛇体は元の東長者の奥方の姿に還(かえ)ったと。雪姫の前に伏して、
「あなたさまのおかげで、怨念(おんねん)で凝(こ)り固(かた)まった醜(みにく)い心が溶け、ようやく人の心と姿を取り戻すことが出来ました」
と、涙を流してお礼を言うた。
村は元どうりの暮らし易(やす)い村になった。
雪姫は西長者から沢山の黄金(おうごん)をもらい、蛇体であった東長者の奥方からも、お礼だと言って、宝の珠(たま)をもらって、山の中の母親の元へ帰ってきたと。
そしたら母はいないで、後(うしろ)の山の方で、
雪姫恋しいじゃ ホウイ
雪姫恋しいじゃ ホウイ
と叫ぶ声がした。
雪姫が声をたよりに後の山へ行ってみると、母は娘恋しさに目を泣き潰(つぶ)して盲目となって鳥追(とりおい)をしていた。
雪姫はもらってきた宝の珠で潰れた母の目をコスルと眼があいた。
母と雪姫は抱きあって喜び家に帰ったと。
西長者からもらった黄金でふたりは一生(いっしょう)安楽(あんらく)に暮らしたと。
まんまんさけた。
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