3-43『これ彦八(ひこはち)、早(は)よ話(はな)せ』
―島根県―
昔あるところに彦八がおった。
彦八の近所に禅寺(でら)があった。茶菓子をめあてに、彦八はいつも遊びにいっていた。行くたびに和尚さんは、
「彦八、珍しい話はないか」といわれる。そこで彦八が話をすると、和尚さんは、
「それは嘘ではないか」
というのがくせであったと。ある日も、
「彦八、珍しい話はないか」
といわれたので、彦八、
「和尚さんはいつでも『嘘ではないか』とおっしゃるので、今日は話さない」
というた。そしたら和尚さん、
「いまからは決して『嘘ではないか』と言わぬ。いわぬから話せ。もしいうたら、わしの頭をなぐってもいい」
といわれた。
「そんなら、まあ、しましょうかい。
今日、ここへ来る途ちゅうで珍しいものを見ました」
「ほう、どんなだ」
「寺の石段の下の茶店の爺(じい)に呼び止められまして、『いい茶釜が手に入ったので飲んで行け』とうれしそうに言われました」
「ふむふむ」
「ことわるのも何んじゃ思うて呼ばれて来たんですがの、爺が自慢するだけあって、それはうまい茶でした」
「ほう、わしもあとで立寄ってみるか。して、茶釜は一体どんなだった」
「はい、桐の木の茶釜で茶を沸かしよりました」
彦八がこういうたら、和尚さん、思わず、
「それでは茶釜が燃えるではないか。これ彦八、そりゃ嘘じゃろう」
といわれた。
彦八、和尚さんの頭をポカリなぐったと。
次の日、彦八は、また、寺に行った。
そしたら和尚さん、
「これ彦八、昨日のなぐられた頭がまんだ痛いわい」
「そりゃあ、ええあんばいです。痛いうちは『そりゃ嘘じゃろう』とは言われませんじゃろうから」
「ふむ、それもそうじゃ。今日は嘘じゃろうとはいわんから、何か珍らしい話はないか」
「ないことはないですが、はたして終(しま)いまで話すことが出来ますかどうか」
「何んじゃ、どんな話じゃ。決して『嘘ではないか』と言わぬ。いわぬから、早よ話せ」
「それでは。昨日和尚さんをなぐった帰りのことですがの」
「ふむ」
「和尚さんをなぐった当座は、気持がスカッとしとったんですがの、歩いているうちに何やら心が落ちつかなくなってきよりました」
「ほう、そうじゃろう、そうじゃろう」
「たたりがありはせんかいなあ思いまして、それで験(げん)なおしに村の鎮守さまを拝んでおこうて思案しまして、一本橋を渡りよった」
「これ彦八、うーん、まぁよい、話せ」
「真中どころへさしかかったとき、橋がぐるりとまわり、この彦八、必死にぶらさがったげな。ぶらさがって、ぶらさがって」
彦八、このあと、ぷっつりおしだまった。話さない。まだ話さない。
「これ彦八、どうした。その先をはよ話せ」
「いや、話さない」
「話せ」
「はなせば落ちる」
昔こっぽり
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