2-8『死神(しにがみ)の魂袋(たましいぶくろ)と扇(おうぎ)』
―鹿児島県与論島―
むかし、あるところに病気でふせっている娘がおったと。
娘の病気は日に日に重くなって、いよいよ今日死ぬか、明日死ぬかという日のこと、
娘の枕元に、親類の者やら近所の人たしが集まって、見守(みまも)っておったと。
真夜中になって一人の若者がかけつけた。
すると、黒い服を着て、でっかい鎌を持った奇妙な男が娘の家の回りをうろついておった。
「気味悪るいやつだな」
若者がそれとなくその男の様(よう)子をうかがっていると、その男は時々壁の隙間から家の中をのぞいている。
若者は思い切って声をかけたと。
「あの、もし、あんたは誰な、この家に何ぞ用かいの」
「わしか、ヒ―ヒヒヒ わしは死神だ ヒ―ヒヒヒ。わしは一番鶏が歌うまでに、ここの娘の魂を取らねばならんので、うかがっておるんじゃ ヒ―ヒヒヒ。じゃが、人の出入りが多くてわしが入り込みすきが無い。すまんがお前、わしの手伝いをしてくれんか」
若者は死神と聞いてびっくりした。が、とっさに思案が浮かんだ。
「あ、ああ、い、いいよ、な、何をしたらいい」
「ヒ―ヒヒヒ しょ(そ)うか、手伝ってくれるか。そんならお前は、外で見張りをしておくれ、人が来たら知らせておくれ」
死神はこういうと、すうっと家の中に入った。
そのとたん、皆居眠りを始めた。
若者は、そおっと隙間から死神のすることをのぞいたと。
死神は娘の枕元に座ると、懐から皮袋と扇を取り出し、皮袋の口を開いて、まず 娘の片方の耳元で扇をゆっくりひとあおぎ、もう一方の耳元でまたひとあおぎ、次に口元でひとあおぎした。
娘があくびをひとつしたとき、皮袋の口をキュッと閉めた。
娘はコロッと死んだと。
「やれ、終った」
死神はニタッと笑って、外へ出て来た。
「ご苦労じゃった。手伝うてくれた礼に、お前の魂をもらいに来るときにゃ、ゆっくりゆっくり来てやるからの ヒ―ヒヒヒ」
といって、墓場の方へ歩いて行ったと。
その歩き方が、右にトボラ、左にトボラといった調子で、心もとないのだと。
「し、死神どん、どうしたや」
「なんだか、わし、さっきの人の出入りで気をつかい過ぎて、くたびれたようじゃ。この魂の入っとる袋が重うて、重うて」
「その袋、おらがかついでやる。ほれ、こっちへよこせ」
「そうか、悪いな」
死神は皮袋と扇を若者に渡したと。
若者は、皮袋と扇を持って死神の後ろを歩き、墓場の入り口に差しかかった時、今だ、とばかりに、扇で脇腹を「パサパサ」叩いて、「コケコッコ―」と鶏の泣き真似をした
安心しきっていた死神のあわてたこと、
「しもうた」
と、一声残して、フッと姿がかき消えたと。
若者が娘の家にとって返すと、家では皆、オイ、オイ泣いる。
「泣かねえでええ、おらがきっと生きかえらせる」
こう言うて、娘の枕元にいざり ると、皮袋の口を開けて、まず片方の耳元で扇をゆっくりとあおぎ、もう一方の耳元でひとあおぎ、次に口元でもひとあおぎして魂を娘にあおぎ入れたと。
娘はあくびひとつして生き返ったと。
若者は娘の婿殿となって、二人仲よう暮らしたと。
そいぎぃのむかしこっこ。
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