2-10『宝来(たからく)る水(みず)』
―岡山県―
むかし、あるところに大層(たいそう)な分限者(ぶんげんしゃ)がおったと。
大歳の晩に作男(さくおとこ)を呼んで
「明日は正月じゃけえ、早起きして若水(わかみず)を汲(く)んでおくように」
といいつけた。
「旦那さん、若水いうたらどがあなもんなら」
「お前、若水を知らんか。若水いうたら正月神様にお供(そな)えす水じゃ。川に塩をまいてお清めしてから汲んで来るんじゃぞ。ええな」
「へえ、わかりやした」
作男は、年始めの大事の用(よう)をおおせつかって、わくわくして寝たと。
さて、明くれば正月元旦。
作男は張り切って起きた。起きたところが、外はどえらい雪が降り積っておった。すねまでもあるような大雪。
「こりゃあ、かなわん。うっかり川に近づいてみろ、ドボンとはまって、若水とりのつもりが若男とられになっちまう。こいつぁ何ぞ思案せにゃあ」
雪ん中をこいで行くのが大儀なもんで、あっちきょろきょろ、こっちきょろきょろしとったところが、うまいぐあいに、田んぼの口(くち)から水が出ている。
「おう、あれがよかろう」
すぐ近間(ちかま)の、その水を汲んだと。
そしたら、それを女中が見ていて、分限者に知らせたと。
「へい、ただいま戻りやした」
「何が、へい、戻りやしただ。ちょっと来い。お前、今、何して来た」
「何いうて、旦那さんに言われて若水とりに行って来ましただ」
「若水汲んで来たゆうて、女中から聞きゃあ、お前は田んぼの水を汲んだそうじゃないか。あほうごとしてからに。神さまをたばかると家にゃあ福が来まいが。お前みたいなやつは、置いとけん。暇(ひま)ぁ出す」
分限者はカンカンになって怒ったと。
ところが作男は、けろっとして、
「そりゃあ、何じゃあ、旦那さん。考え違いじゃがな。おら、田から来る水を汲んで来たんじゃ」
「だから怒っとるんじゃ」
つまり、宝来る水を汲んで来たんじゃ」
分限者は、鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてたが、そのうち、ポンとひざを叩(たた)いて
「おお、そうか、お前ええことを言うてくれた。宝来る水か、こりゃあええ」
こう言うて、えらい喜んだと。
「食え、食え、食え、食え」
いうて、ご馳走をしてくれるは、お年玉をどっさりくれるは、作男も分限者も、いい正月を迎えたと。
むかしこっぽり杵のおれ。
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