2-14『絵(え)から抜(ぬ)け出(で)た馬(うま)』
―香川県―
むかし、あるところにお寺があって、絵のとても上手な小僧さんがおったと。
小僧さんはお経を少しも覚えようとはしないで、絵ばかり画いておるのだと。
和尚さんは渋い顔をして小僧さんに言い渡したと。
「これ小僧や、お前は、いずれはわしの代りに檀家廻りをしてお経を唱えにゃならんのだぞ。少しはお経を覚えなさい。お経を覚えるまで、以後(いご)、絵を画いてはならん」
小僧さんは、
「へえ」
と返事はするものの、さっぱりお経を練習しないで、あいかわらず、こっそり絵を画いておったと。
ある日、小僧さんは子馬の絵を画いたと。これがなかなかの仕上りで、和尚さんに見つからないように、その絵を押入れの中に隠しておいた。
ちょうど五月の麦のとり入れの頃で、村では、見渡す限りの麦畑に、風で黄色い穂波が豊(ゆたか)にゆれておったと。
ところが、この麦が毎日荒らされるようになった。
荒らされ具合を調べてみたら、どうも何かのケモノが食い荒らしていくらしい。
村の者達は、夜、見張りを置くことにしたと。そしたらある晩のこと、一頭の子馬があらわれて、麦畑に入って、盛んに麦を食い散らかしておった。
「ありゃ、子馬が麦を食うちょる。ありゃあ、どこの馬かいね」
といいながら、見張りの者が子馬のあとをつけて行くと、お寺の中へ入って行った。
和尚さんを起こして尋ねてみたと。
そしたら和尚さんは、
「うちの寺では、馬など飼うとりゃせんが」
という。
言うても子馬の足跡があるもん、
「ちょいと調べてみまいか」
というて、二人で馬の足跡をたどってみたと。
そしたら足跡は、寺の門から小僧さんの部屋へ続いとる。
小僧さんの部屋へ入ってみると、ちょうど押入れの前で足跡は消えておった。
「はあて、不思議なことよ」
と首を傾げながら、押入れを開(あ)けてみたと。そしたら、押入れの中には、まるで生きているように画かれた子馬の絵があった。
「この絵は小僧が画いたものにちがいない。それにしても見事な出来ばえの絵じゃあ」
と、つくづく見よったら、絵の中の子馬の足に泥が付いておる。
「さては、この絵の馬が抜け出たか」
和尚さんは、小僧さんに言うて、その絵にクイを画かせて子馬をつなぐようにさせたと。
それからは、その子馬は、もう絵から抜け出てこなくなったと。
さん候(そうろう)。
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