29『娘(むすめ)の骸骨(がいこつ)』
―岩手県―
むかし、あるところに、手間賃(てまちん)を取ってその日暮(ひぐら)らしをしている爺(じい)があったと。
今日は四月八日お釈迦(しゃか)さまの誕生日(たんじょうび)だから、家でゆっくり休もうと思っていると、急に用を頼まれた。ここが手間取(てまど)りのつらいところ、断わると次の仕事がもらえなくなる。爺は、ゆっくり呑もうと思って買った一升ビンを下げて、用先に出かけたと。
その途中で、広い野っ原にさしかかった。
天気もよし、疲れもしたので、この辺で一杯やろうと思って、いい塩梅(あんばい)の石を見つけて腰をかけたと。
さて呑もうと思ったら、すぐ足もとに一つの骸骨(がいこつ)が倒れてあった。爺は、
「これはこれは、いかなる人の骸骨だか知らぬが、ちょうどええ。お前も一杯やりなされ」
と言って、その骸骨にも酒をそそぎかけ、自分も呑み、唄など歌ってから、
「これでよい、これでよい、ああ面白い」
といって、そこを立ち去ったと。
用を終えて帰り路にその野っ原を通ったのは、すでに暮れ方であったと。少しでも薄明(うすあか)りのあるうちに家に帰り着きたいものだと思って急いでいると、後ろから、
「もし、爺さま、ちょっと待って下され」
と呼ぶ声がした。
振り返って見たら、十七、八の美しい娘が立っていたと。その娘は、
「あの、今日は爺さまのおかげで、本当に楽しかった。お礼をしたいのでここで待っていました」
という。爺は、
「はて、こんな美しい娘に知り合いは無いし、おかげさまでなんぞ、言われるような事もしとらんし、さては、これは狐だな。狐にばかされる時とは、こんな時分だ。こりゃ油断ならん」
思って、
「姉様、お前は何だ」
と言うと、娘は、
「爺さま、よく聞いてください。私は三年前のちょうど今頃、ここで急痛になって死んでしまった者です。この月の二十八日は、私の三年忌に当り、法事がありますから、その日は、何用あってもここへ来ておくれ」
と言う。爺は、
「はは―ん。さては、あの骸骨であったかと思い至って、
「あいわかった」
と約束したと。
さて、その二十八日が来た。
爺は半信半疑(はんしんはんぎ)で、野っ原に行った。
すると、娘は約束たがえず待っていたと。
娘に連れられて行くと、ほどなく隣り村に出て、大きな構えの家に着いた。
その家には村人が多勢寄り集まっていたと。
爺は、
「俺れは、とても入れぬ」
というと、娘は、
「私の着物の裾(すそ)を持って下さい」
という。
爺が娘の着物の裾をつかむと、誰にも見つけられずに家の中に入れたと。
仏壇の間に座らされると、酒が供えられた。娘はそれを爺に呑めとすすめた。本膳が置かれると、それも食べた。
屋敷の人々は、仏の前の供物がいつの間にか無くなるので不思議でたまらないのだと。
やがて、お膳を下げる段になって、一人の女中が皿を落として割ったと。
そしたら主人(あるじ)は、ひどく小言を言った。
それを聞いた娘は、
「こんな騒ぎを見るのはいやだから行きます」
といって、出て行った。
娘が立ち去ると同時に、爺の姿が皆に見えて来たと。みんなはびっくりして、爺に屋敷に居る訳を聞かれたと。
爺は、これまでの一部始終を語ったと。
主人をはじめ、一同が驚ろいて、
「それは、間違いなく家の娘だ。ぜひ、その野っ原へ案内してくだされ」
と頼まれ、みんなをつれて野っ原へ行き、娘の骨を見つけて、また戻ったと。
そして法事をやりなおして娘の魂を慰めたと。
爺は、その家からたくさんのお礼をもらって、一生安楽に暮らしたと。
そればかり。
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