2-25『一軒家(いっけんや)の婆(ばあ)』
―青森県―
むかし、ある村に重兵衛という若者がおったと。
ある冬の朝、重兵衛は用事があって、隣りの町へ出かけたと。
川っぺりの道を、いくがいくがいくと、行く手の崖(がけ)っ縁(ぷち)で狐が一匹、前脚で雪をひっかいて何かを掘り出そうとしておった。
「あん狐め、ひとつびっくりさせてやろ」
重兵衛が雪玉を握って、ブンと投げたら、いい安梅に、狐の脚元にボガンと落ちたと。
狐はびっくりして跳びのいたひょうしに、崖の下の川の中にドブンと落ちてしまった。雪まじりの冷たい水の中を、犬かきやら、狐かきやらして、必死だと。
その様子がおかしいと、重兵衛は、
「おうい、まちっと、しっかり泳がんかい」とからかったと。
狐は、ようようのことで向う岸へたどりつくと、山の中へ、ガサガサ逃げて行った。
重兵衛はいい気分で隣り町へ行ったと。
昼頃には用事を済ませて、さて、その帰り道のこと。
「りゃあ、今朝の狐は面白かった。早よう帰って、村のみんなに話すべ」
と足を速めていると、あたりが、いつの間にか、うす暗くなって来た。
「どうも妙じゃ。日が暮れるまでには、まだたっぷり間があるはずなんじゃが」
「急に暗くなって、一時(いちじ)はどうかるかと思った」
「ところで婆さんはひとり住いかね」
いろいろ話しかけても婆さんは黙ってお鉄漿をつけているだけで返事をせん。気づまりだと。ヒザをかかえて、その様子を見ているうちに、薪(たきぎ)も無くなって、火がチロチロしだした。心細くなって、
「婆さん、火が消えそうだが薪はどこにあるね」
と聞いた。が、婆さんは何も言わん。相変わらずお鉄漿をつけている。
重兵衛は、そんな婆さんがだんだん気味悪なって来て、背筋がゾクッとして、ブルッと身震いしたと。
そのとたん、婆さんの目がギランと光った、いきなり、重兵衛の鼻先にぬうっと顔を突き出し、お鉄漿の歯をむき出しにして、「ケン」と噛みつきそうな声を出した。
重兵衛は魂がすっ飛ぶほどびっくりした。
思わずとびあがって、炉端にひっくり返った・・・はずだったが、なんと、崖から転がり落ちて、川の中へザバ―ンと漬かっておったと。
その時には暗闇も、家も、婆さんも消えて、あたり一面、明かるい雪景色だったと。
崖の上では、今朝の狐が、ケンケンと鳴きながら、ピョンコ、ピョンコ跳ねておったと。
どっとはれぇ。
なおも足を速めて、今朝方(けさがた)の崖の上にさしかかった時には、もう日はとっぷり暮れて、右も左も分からないほど真っ暗闇になったと。
「こう暗うなっては歩くこともならん。はあて困った」
立ち止まって、こりゃ野宿かな、と思っていると、向うに灯(あかり)が見えた。
「やれありがたい」
重兵衛は、手さぐりでその家へ行ったと。
「お晩です」
戸を開けて土間に入ると、家の中では、白髪頭の婆(ばあ)さんが一人おって、囲炉裏のそばで歯にお鉄漿(はぐろ)をつけていた。
「お晩です。こんな夜分になんだが、俺、この次の村の重兵衛っちゅう者(もん)ですだ。町へ用足しに行っての帰りなんだが、ここまで来て日が暮れた。松明か提灯があったら貸してくれめえか」
「耳が遠いのかな。
あのな、松明か提灯借りてえだ」
と今度は大きい声でいうと、婆さんは首を横に振った。
「そら困った。そんでは、申し分けねえが今夜一晩、泊めて下さらんか」
すると婆さんは、囲炉裏の火にあたれ、というふうにアゴをしゃくった。
「やあ、ありがたい」
重兵衛は炉端に寄って、婆さんと向いあって火にあたった。
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