3-30『大師講団子(たいしこうだんご)』
―島根県―
むかし、あるところに一人の貧乏な婆さが暮らしておったと。
ある冬の寒い晩に、婆さが囲炉裏端(いろりばた)で針仕事をしていたら、戸口をだれかが、ホトホト、ホトホトと叩いたと。
「こんな晩に、誰れじゃろな。はいはい、ただいま」
といいながら、戸を開けると、お坊さんが一人、着古した破れ衣のまんまで寒そうに立っておった。
「すみませんが、今夜一晩お宿してくれませんか」
と、いかにも疲れ切った声でいう。
婆さ、気の毒になって、
「見らるるとうり貧乏家(びんぼうや)で、おもてなしもなにも出来ませんが、それで良かったらおあがり下さい」
というて、自在鍵(じざいかぎ)に架(か)かった鍋からお湯をすくい、足洗い桶に入れてやったと。
お坊さんは、足を洗うのもつらそうにしておったが、礼をいうて囲炉裏端へ座った。
婆さ、なんぞ食わせるものはないかと思案したが、今夜は婆さも白湯(さゆ)を飲んだっきりだ。なぁんもない。明日の朝、近所の物持ちの家へ行って稲束(いなたば)をいくつか借りようとしていたくらいだ。ふとそのことを思い出し、コクッと一人うなずいて外へ出て行った。
少し離れた物持ちの家の田の隅にある稲を干すための棒に、まだ稲束が掛けてある。
婆さは、「お借りします」とつぶやいて、その稲の束を二、三把(ば)持って戻った。田には婆さの足跡がくっきりと残った。
お坊さんは、婆さのそんな仕業を盗み見していたが、すまなそうな顔をして、念仏を唱えたと。
なにくわぬ顔で土間に戻った婆さ、こぎ箸(ばし)で稲をこぎ、臼で粉にした。団子がつくられ自在鍵の鍋の中に、わずかな藷(いも)や菜(さい)がきざみ込まれて、やっと団子の味噌汁が出来上がったと。
「お坊さん、さぞやお腹(なか)が空(す)いたことでございましょう。ようやく汁が煮えましたからめしあがって下さい。私もおしょうばんしますで」
というて、二人でたべたと。
食べ終えて、婆さが外の方を見て、念仏を唱えたら、お坊さんも念仏を唱えた。
次の朝、外はあたり一面銀世界になっておった。雪がのんのんと降って、婆さのゆうべの足跡をすっかり消してくれたと。
婆さがほっとしていると、お坊さんは、あつく礼を述べて、
「これからは、きっといいことがありますよ」
といい残して、雪のなかを立ち去って行ったと。
お坊さんは弘法大師であったと。その日は旧の十一月二十四日だったと。
婆さの家では、それからのち、運が向いてきて、蝶よ花よと暮らすことが出来たと。
昔にこんなことがあってから、旧の十一月二十四日には、だいしこ団子とか、二十四日団子とかいうて、俵形(たわらがた)にした団子をつくり、藷や野菜とともに煮た温(あたたか)い団子汁をいただいて、お大師さまのおまつりをするようになったそうな。
また、その日には、必ず雪がのんのんと降ってくるそうな。
むかしかっぷり。
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