3-24『たなばた女房(にょうぼう)』
―高知県―
昔、ある山の村で、作物(さくもつ)を荒(あ)らしまくった狐(きつね)が、山狩(やまが)りにあって逃(に)げ場(ば)を失い、炭焼(すみや)き小五郎(こごろう)の山小屋に飛び込んで隠(かく)れとったと。
小五郎が戻(もど)って、ガラリ戸を開けたら狐が一匹(いっぴき)寝(ね)とったので、こりゃ、とおこったと。
そしたら狐は、
「小五郎さん、今日のことはきっとお礼をしますから、見(み)逃(の)がして下さい」
といいながら、外へ跳(と)び出して行った。
何日かして狐がやってきたと。そして、
「小五郎さん、お嫁(よめ)さんをお世話(せわ)したいがどうじゃろう。このごろ谷の川へ、天上(てんじょう)からたなばた女郎(じょろう)が水浴びに来とる。脱いだ緋(ひ)の衣(ころも)をとっておくのです。そしたら、きっとええことになりますから」
という。
次の日、小五郎が水音(みずおと)のする谷川の方へ近寄って行くと、木の枝にきれいなきれいな緋の衣が掛かっていた。こっそり懐(ふところ)に入れて帰ると、小屋の裏の柱の穴の中へ隠したと。
すると、その日の暮れ方(くれかた)になって、たなばた女郎がやってきた。
「天上(てんじょう)に戻る緋の衣を失(うしの)うて、もうどこへも行くあてがありません。どうぞ、ここへ置いて下さいませ」
小五郎は一目(ひとめ)見るなり気に入って、家の中へ招(しょう)じ入れたと。
たなばた女郎はいつの間にかたなばた女房(にょうぼう)になったと。
やがて、小五郎との間に子が出来て、その子が三歳になった。女房は可愛いいし、子供はめんこいし、小五郎は毎日が嬉しくてならない。朝、顔を洗うとすぐに小屋の裏へ行って、ぱんぱんと掌(て)を打っては、何やら感謝の唱(とな)えごとをする毎日だと。
ある日、たなばた女房は三歳の子に、
「父(とと)は毎日、何を拝(おが)んでいるのだろうねぇ」
というた。そしたら、小五郎が山仕事に出かけたあとで、その子がたなばた女房の手を引いて小屋の裏の柱の穴を指差(ゆびさ)した。
たなばた女房が穴の中を覗(のぞ)いて見ると、緋の衣が押し込まれてあった。とり出して我が子と二人で身にまとい、そのまま天上へ昇って行ったと。
夕方、小五郎が戻ってみると、家には女房も子供もおらん。あわてて柱の穴を見ると、緋の衣がなくなっておった。がっくりして、
「たなばた女房もかわゆくてならんが、わしゃ子供のことがよう忘れられん」
と毎日泣いとったと。
そうしたある日、前に助けた狐がやってきて、
「鳥の羽がいをこしらえたら、おれが天上へ吹き上げてあげます」
というた。
小五郎は早速大きな鳥の羽がいを作って、狐に吹き上げてもろうた。ふあふあと大空に舞い上がり、雲の峰も越えて天上に昇って行ったと。
けれども、何分天上は初めてのことだから西も東もわからん。おまけに腹が減ってたまらん。何気なく下を見たら、妙なことに井戸が見えて、その脇に柿の木があった。
小五郎は柿の木の枝に取りついて、赤く熟れた実をもいでは食べたと。
すると、どこかから子供が走り出てきて、井戸の水鏡(みずかがみ)をのぞいて、あっと声をあげ、走り帰りながら、
「父(とと)さまがきとる」
とさけんだ。
その声を聴きつけたたなばた女房も走り出てきて、親子三人が喜びあったと。
たなばた女房は、小五郎に、
「母神(ははがみ)さまがいろいろ難しい仕事をいいつけると思いますが、私が助けますから、怒らないで、どうぞいつまでもおって下さい」
と頼んだ。小五郎は、
「三人で暮らせるのなら、文句はいわん」
というて、天上に居つくことにしたと。
次の日、母神さまは、早速に、
「山奥にある大岩を、お前ひとりの力で担いで来い」
といいつけた。小五郎が弱りきっていると、たなばた女房が、
「奥の山の大岩というのは実は張り子で出来ているの。母神さまの前だけ重そうな身振りで戻って来なされ」
と教えてくれた。小五郎は張り子の大岩を、いかにも重そうに担いで戻ったと。そしたら、また、
「あしたは奥山に大きな林があるから、その林の木をみんな伐(き)り倒して、牛につけて引いて来なさい」
と、仕事をいいつけられた。
小五郎が弱っていると、たなばた女房が、
「母神さまはきつい神さまだから、気にせんとって下され。明日は私が手伝いに行きますから、それまで林で安気(あんき)に待ってて下さい」
というた。
あくる日、小五郎が山で休んでいると、たなばた女房が弁当を持って来てくれて、大きな斧をちょいと振り回すと、山の林の立ち木が、みなぱたぱたと倒れた。
小五郎がたくさんの木をひかせて戻ると、
「明日は粟(あわ)二俵半を牛につけて、山の畑いっぱいに放り播(ま)きしなさい」
と、また仕事をいいつけた。
小五郎が弱っていると、たなばた女房が、
「母神さまのいうた二俵半の粟は、播かないで畑の隅へ埋めておいて下さい」
という。
そこで、あくる日、山の畑へ二俵半の粟を運ぶと、そのまま畑の隅に埋めておいて、日暮れに戻ったと。そしたら、母神さまは、
「今日山の畑に播いた粟の種を、明日一粒残さず拾うて来なさい」
というた。
今度は小五郎も安心だ。二俵半の粟の種を掘り出すと、牛につけ、長いこと休んで日暮れに戻ったと。母神さまは機嫌がよかった。
「今までで、お前ほど仕事の出来た聟(むこ)はないわ」
と誉めたと。が、母神さまは、今度は小五郎の口を試そうと考えて、
「瓜畑の瓜がカラスに食われて困っとる。明日は瓜畑の守り番に行きなさい」
というた。
その晩、たなばた女房が心配して、
「私が弁当を持って行くまでは、どんなにのどがかわいても、瓜だけには手をつけないで下さいね」
と、何遍(なんべん)も何遍も小五郎に言いきかせたと。
あくる日、瓜畑で守り番をしていたら、急にのどがかわいて、のどがかわいて、たまらんようになった。辛抱が出来なくなった小五郎は、あれほど女房に言われていたのに、ひとつ位ならよかろうと、瓜をひとつもいで割ったと。そしたらなんと、それが雨壺(あまつぼ)だったと。
たなばた女房が、心配してかけつけたときには、もう、瓜の水が川になって流れ出し、その川中で、小五郎が流されまいとして懸命にこらえているところだった。
それを見てとったたなばた女房は、
「あなたぁ、もう一寸(ちょっと)の間(ま)こらえとってよぉ」
いいおいて、家に走り帰り、七麻桶半(ななおおけはん)の麻(お)を績(う)み、短冊のついた竹に結わえて流したと。
が、せっかくの麻も小五郎の手には届かなかったと。
そこでたなばた女房は、声をかぎりに、
「月の七日(なぬか)には、きっと会いましょう」
と叫んだと。
ところが、小五郎はそれを七月七日と聴き違えてしまった。
それからは、一年のうちで七月七日だけにしか会えなくなったと。
むかしまっこう猿まっこう。
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