2-18『あさこ、ゆうこ』
―長野県―
むかし、あるところに山があって、東側と西側のふもとには小さな村があったそうな。
二つの村は、ささいな争い事が因で、もう永い間往き来をしていなかったと。
歩く者が無くなった山の道は、いつしか熊笹が生(お)い繁(しげ)って、昔、道があったことさえ分からないありさまになっておったと。
時々、道を作ろうという話が出るのだが、そのたびに、
「だども、俺ら方(ほう)が作っても、向こうが作らねえんじゃ、しょうがなかべ」
ということになって、話が消えてしまう。
両方の村人達は不便でしょうがなかったと。
そんなある年、両方の村で、とっても可愛いい女の赤ん坊が生まれたと。
東の村の子は朝方生(あさがたう)まれたのて「あさこ」
と名付けられ、
西の村の子は夕方生まれたので「ゆうこ」
と名付けられたと。
あさことゆうこはすくすく育って、やがて賢い、いい娘(むすめ)になったと。
ある日、東の村の寄り合いで、
「あさこだば、この村どころか、まんず西の村にもかなう者はなかべな」
「んだ、それだば、まんず、西の村と頓知合戦をやろうかい」
「んだ、勝ったら西の村を俺(お)ら方(ほう)の子分(こぶん)にして、山さ道を作らすだ」
「んだ、んだ」
と、こんな話がまとまった。
村の猟師が矢に手紙を結びつけて、山の頂上から西の村へ射放(いはな)ったと。手紙には、
一、何月何日(いついっか)、山の頂上で頓知合戦をしよう。
東の村からは娘一人を出す。
一、負けた方の村は、山に道を作ること。
と書いた。
この矢文(やぶみ)を受けとった西の村では、すぐに寄り合いを持ったと。
「東の村が、大口たたいて来おったわ」
「俺ら方には、ゆうこという村一番の頓知娘がおるのを知らんのじゃ。」
「これで、へえ、東の村は俺ら方の子分と決まったようなもんじゃ」
ということになって、すぐに「承知」と書いて、矢文で射返したと。
いよいよ頓知合戦の日が来た。
東の村からはあさこ一人が、西の村からはゆうこ一人が、山の頂上へ上って行ったと。
二人は頂上で出会うてみて驚ろいた姿形(すがたかたち)といい、年頃といい、そっくりだった。話し合うてみると、生まれた日まで同じだったので、すっかり仲良うなったと。そして、
「俺らたち二人で、東の村と西の村とのいがみあいを無くそ」
と知恵を出し合うたと。
両方の村では、皆々首を長くしてあさことゆうこが戻ってくるのを待っておった。
あさこは夕方になって東に村に戻ったと。
「どうだったかや」
「もちろん勝ったさ、な、あさこ」
あさこは首を横に振った。
「ん、どういうこんだ」
「頓知合戦は引き分けになっただ。それで次の勝負を決めて来た。両方の村が、明日の夜明けから一斉(いっせい)に山の頂上まで道を作りはじめ早く作りあげた方が勝つ、という方法だ」
「ようし、俺ら方の村には力持ちが多い。なあに、気を揃(そろ)えてやれば、へえ負けるもんじゃねえ」
次の朝、東の村でも、西の村でも、道作りが始まった。晴れの日も、雨の日も、村中総がかりだと。道は山の頂上に向って、グングン延びて行った。
頂上に最初のひと鍬(くわ)を振り入れたのは、東の村の・・・ではなく、西の村のではなく、全く同時だったと。
「ええい、もうちいっと早かったら、俺ら方が勝ったのに」
「そらぁ、俺ら方でも同じだべ」
出会うてしまえば、もともと気のええ村人たちだもん、いつしか心もほぐれて、山の頂上で宴会がはじまったと。酒を呑み交しながら、
「しかしまあなんだ、よくも同時に出来上ったもんださ」
「そういえば、俺ら方のあさこが、時々、ここで、お前ぇ方のゆうこと出会うておったようだが、一体ぇ、何を話し合うていたんだかなと話合うているそばで、あさことゆうこは手を握り合うて嬉しそうに微笑んでおったと。
二つの村は、それからは争いも起こさず、村人がこの道を通って、いつまでも仲よう往き来したそうな。
おしまい ちゃん ちゃん。
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