3-17『笠地蔵(かさじぞう)』
―岩手県江刺郡―
昔、あるところに貧乏な夫婦があったと。
大晦日(おおみそか)が来たけれども、晩の年越(としこし)の仕度(したく)も出来ないので、女房が、
「いままでたんせいしてうんだ苧枷玉(おかせだま)を売って年越仕度をしてはどうでしょう」
というた。夫は苧枷玉を持って町へ出かけたと。
「苧かせや、苧かせや、苧かせはいらんか」
とふれながら町中(まちじゅう)を行ったり来たりした。が、だれひとり見向く者がなかったと。
暮れ方になって、もう帰ろう、と歩いていたら、向うから笠(かさ)売(う)りの爺さまが、
「笠や、笠や、笠はいらんか」
と売(う)り口上(こうじょう)をいいながら、やって来た。
「苧かせや、苧かせや」
「笠や、笠や」
二人は売り口上をいいながら、行きずりに互いの顔を見合ったと。
笠売りの爺さまが立ち止まって、
「苧枷玉やさん、売れたかね」
「いえ、売れません。笠やの爺さまは、売れましたかね」
「いや、いや、わしも一向に売れん」
と、疲れた顔でいうたと。夫は、
「これ以上歩きまわっても仕方ないので、このあたりで帰ろうと思うていたところです」
というたら、爺さまは、
「そうじゃのう。お若いの、お前はどこのご仁(じん)か知らぬが、今夜その売れない苧かせ玉を家に持ち帰ってもはじまるまい。どうじゃろ、わしのこの笠ととりかえっこすまいか。実のところ、わしも、売れない笠を今夜家に持ち返りたくないのじゃが」
というた。
それもそうだ、と思った夫は、苧かせと爺さまの笠とを取り替えたと。
その笠を持って、とぼりとぼり戻っていたら雪が降ってきた。雪はだんだん強く降って、とうとう吹雪になった。
野中の裸地蔵(はだかじぞう)のところまで来たら、吹雪が、地から舞い上がるようにうなり吹いた。
「この寒さに、雪の中に裸で立っていたら地蔵さまもさぞや寒かろう」
というて、夫は取り替えた笠を地蔵さまの頭にかぶせてやった。そして空手(からて)で家に帰ったと。
女房に、
「苧枷玉はとうとう売れなんだ。それで笠売り爺さまの笠と取り替えっこをしたが、帰り道で、野中の裸地蔵さまがあんまり寒げだったから、頭にかぶせて来た」
というた。そしたら女房は、
「笠を持って来ても、今夜の年越の足しにはならなかったのだから、せめてお地蔵さまにおあげして、よかったぁ」
というて、夫をなぐさめたと。
夫婦は年越のごちそうが作れなかったのでカユをすすって、早くに寝たと。
真夜中に何かの音で夫婦は目が覚めた。
耳をすますと、外はひどい吹雪の音がして、その吹雪の絶(た)え間(ま)絶え間から、ヨンサ、ヨンサと、物をかついでくる音が聞えてきた。だんだんその音が近づいて、どうやらこの家の方へ来る様子だ。
「はて、誰だろう、変だなぁ」
と二人が思案顔を見合わせていたら、
「暮(く)れ方(がた)のことはありがたかった」
と大きな声がして、誰かが戸口(とぐち)のところに、どさりと、なにか重い物を置くような音がした。
夫婦が起きてみると、戸口に大きな袋が置いてあった。そして、吹雪の中を、大きな裸地蔵さまがのんこのんこと歩いて行くのが見えた。
二人が袋を開けて見ると、なかには大判小判がザンザラリンと詰まってあったと。
いんつこ もんつこ さかえた。
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